民法第101条第1項(代理行為の瑕疵)の条文
第101条(代理行為の瑕疵)
1 代理人が相手方に対してした意思表示の効力が意思の不存在、錯誤、詐欺、強迫又はある事情を知っていたこと若しくは知らなかったことにつき過失があったことによって影響を受けるべき場合には、その事実の有無は、代理人について決するものとする。
2 相手方が代理人に対してした意思表示の効力が意思表示を受けた者がある事情を知っていたこと又は知らなかったことにつき過失があったことによって影響を受けるべき場合には、その事実の有無は、代理人について決するものとする。
3 特定の法律行為をすることを委託された代理人がその行為をしたときは、本人は、自ら知っていた事情について代理人が知らなかったことを主張することができない。本人が過失によって知らなかった事情についても、同様とする。
民法第101条第1項(代理行為の瑕疵)の解説
趣旨
本項は、代理人による意思表示に瑕疵(なんらかの欠陥)があった場合、その瑕疵に関する事実の有無については、代理人について決定する旨を規定しています。
代理人が意思表示をした場合、その意思表示の効力が以下の事実によって影響を受けるべき場合には、その事実の有無は、本人ではなく代理人について判断します。
代理人の意思表示に影響を与える事実
- 意思の不存在
- 錯誤
- 詐欺または強迫(※相手方から受けた場合における代理人のもの)
- 善意
- 悪意についての過失
代理行為において、実際に意思表示をおこなう者は、本人ではなく、代理人です。
このため、代理行為の意思については、実際に意思表示をおこなう代理人について判断することになります。
「意思の不存在」=意思の欠缺
本項における「意思の不存在」とは、いわゆる意思の欠缺のことをいいます。
具体的には、心裡留保(第93条参照)=単独虚偽表示、通謀虚偽表示(第94条第1項・第94条第2項参照)、(伝統的には)錯誤(第95条参照)のことをいいます。
これらの意思表示には、すべて真意が存在しないため、意思が存在しないという意味で、意思の欠缺または意思の不存在といいます。
「瑕疵ある意思表示」とは
本項における「詐欺、強迫」(第96条第1項・第96条第2項・第96条第3項参照)を「瑕疵ある意思表示」といいます。
また、錯誤については、本項では、意思の不存在(意思の欠缺)としてではなく、瑕疵ある意思表示のほうに分類されています。
これらの意思表示には、騙された意思・脅された意思・誤解した意思が存在します。
これらは、不完全(=瑕疵がある)ではありますが、意思が存在します。
このため、「瑕疵ある意思表示」といいます(第120条第2項参照)。
「悪意・善意」とは
本項でいう「ある事情を知っていたこと」を、法律用語では「悪意」といいます。
同様に、ある事情を「知らなかったこと」を、法律用語では「善意」といいます。
両者とも、一般的な意味での善意・悪意=道徳的な善悪の善意・悪意とは意味が異なりますので、注意を要します。
判例
本項における詐欺・強迫は、代理人が相手方から詐欺・強迫を受けた際のことを想定している規定です。
しかしが、過去の判例では、逆に代理人が相手方に対し詐欺・強迫をした場合にも、民法第96条ではなく、本項を適用しています(大審院民事部判決昭和7年3月5日)。
この判例が批判された結果として、平成29年改正民法において、代理人による意思表示(民法第101条第1項)と、相手方による意思表示(民法第101条第2項)を区別することとなりました。
用語の定義
意思表示とは?
【意味・定義】意思表示とは?
意思表示とは、「一定の法律効果の発生を欲する旨の意思の表明」(法務省民事局『民法(債権関係)の改正に関する説明資料-主な改正事項-』p.35)をいう。
改正情報等
新旧対照表
民法第101条(代理行為の瑕疵)新旧対照表 | |
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改正法 | 旧法 |
改正民法第101条(代理行為の瑕疵) 1 代理人が相手方に対してした意思表示の効力が意思の不存在、錯誤、詐欺、強迫又はある事情を知っていたこと若しくは知らなかったことにつき過失があったことによって影響を受けるべき場合には、その事実の有無は、代理人について決するものとする。 2 相手方が代理人に対してした意思表示の効力が意思表示を受けた者がある事情を知っていたこと又は知らなかったことにつき過失があったことによって影響を受けるべき場合には、その事実の有無は、代理人について決するものとする。 3 特定の法律行為をすることを委託された代理人がその行為をしたときは、本人は、自ら知っていた事情について代理人が知らなかったことを主張することができない。本人が過失によって知らなかった事情についても、同様とする。 | 旧民法第101条(代理行為の瑕疵) 1 意思表示の効力が意思の不存在、詐欺、強迫又はある事情を知っていたこと若しくは知らなかったことにつき過失があったことによって影響を受けるべき場合には、その事実の有無は、代理人について決するものとする。 (新設) 3 特定の法律行為をすることを委託された場合において、代理人が本人の指図に従ってその行為をしたときは、本人は、自ら知っていた事情について代理人が知らなかったことを主張することができない。本人が過失によって知らなかった事情についても、同様とする。 |
本条は、平成29年改正民法(2020年4月1日施行)により、以上のように改正されました。
改正情報
旧民法第101条第1項では、「意思表示の効力…」となっており、誰の意思表示についてのものなのか、明記されていませんでした。
このため、平成29年改正民法では、本項においては「代理人が相手方に対してした意思表示」、民法第101条第2項においては「相手方が代理人に対してした意思表示」と明確に区別することとしました。
また、代理人が影響を受ける事実について、錯誤が明文化されました。
契約実務における注意点
契約の相手方が代理人である場合、契約交渉の際には、代理人の意思に問題がないかどうかをよく判断しなればなりません。
なお、第101条第3項により、本人が知っていた事情については、代理人が知らなかったとしても問題とはなりません。
しかしながら、情報が錯綜し、契約交渉に影響を与える可能性もあるため、本人が知っているであろうと思われる情報も代理人に開示したうえで契約交渉に臨むことも検討するべきです。
ただし、理論上は、代理人と本人との意思疎通がうまくいっていない状況の場合は、その情報格差を利用して、本項と第101条第3項にもとづいて、契約交渉を有利に進める方法も考えられます。
注意すべき契約書
- 代理人を相手方とした本人のために結ぶ契約の契約書