民法第110条(権限外の行為の表見代理)の条文
第110条(権限外の行為の表見代理)
前条第1項本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。
民法第110条(権限外の行為の表見代理)の解説
趣旨
本条は、表見代理のうち、権限外の行為の表見代理について規定しています。
代理人がその権限外の行為をした場合、つまり、越権行為をおこなった場合に、その越権行為の相手方が正当な理由によって代理人に権限があると信じたときは、第109条だ異1項と同じように、本人は、代理人が第三者との間でおこなった行為について、責任を負わなくてはなりません。
本条のような表見代理を「権限外の表見代理」または「権限踰越による表見代理」といいます。
権限外の表見代理の要件・効果
権限外の表見代理の要件
権限外の表見代理の3つの要件
権限外の表見代理の要件は、次のとおりです。
代理権付与表示による表見代理の要件
- 要件1:代理権の授与があること(代理権授与)。
- 要件2:「代理人がその権限外の行為」をしたこと(権限踰越)。
- 要件3:「第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由がある」こと(正当な理由)。
要件1:代理権授与があること
本条の要件の1点目は、代理権の授与があることです。
代理権の授与がない場合は、代理権授与の表示の有無によって、表見代理か無権代理となります。
代理権の授与がなく、かつ代理権授与の表示がある場合は、代理権授与の表示による表見代理(民法第109条第1項等)となります。
代理権の授与がなく、かつ代理権授与の表示もない場合は、純然たる無権代理(民法第113条)となります。
要件2:権限踰越があること
本条の要件の2点目は、授与された代理権の権限を踰越した行為=越権行為があることです。
本条は、代理権があることが前提の規定です。このため、まったく代理権がない者がした行為には適用されません(大審院民事部判決大正2年6月25日)。
また、代理権があれば、その権限外の行為が代理権と関係がない場合であっても、本条は適用されます(大審院民事部判決昭和5年10月12日)。
なお、実際にどのような越権行為に本条が適用されるかについては、様々な判例がありますが、画一的な基準は示されていません。このため、個別の事情によって判断されます。
要件3:第三者に権限があると信ずべき正当な理由があること
本条における「正当な理由」の解釈については、判例の変遷により、第三者が「代理権に基づいてされたと信ずることについて過失がないといえる場合」とされていました(最高裁判決昭和44年6月24日)。
なお、実際にどのような場合に正当な理由があると判断されるかについては、様々な判例がありますが、画一的な基準は示されていません。
このため、個別の事情によって判断されます。
権限外の表見代理の効果
本条の効果は、前条=第109条第1項の準用です。
これにより、本人は、表見代理人の越権行為について、責任を負わなくてはなりません。
これは、越権行為の第三者に対して、表見代理人の行為が本来代理権の権限外の行為=無権代理であるという主張ができない、ということです。
その結果、表見代理人がおこなった行為は、本人にその効果が帰属します。単に義務だけが帰属するのではなく、権利も帰属します。
なお、当然ながら、表見代理人に対しては、責任の追求ができます。
民法第110条(権限外の行為の表見代理)の補足
本人側の事情について
本条の「正当な理由」については、客観的事情によって決すべきとされています(大審院民事部判決昭和7年5月10日)。
また、本人の責任について、「正当の理由が本人の過失によつて生じたことを要件とするものではない」とされています(最高裁判決昭和34年2月5日)。
改正情報等
新旧対照表
民法第●条(見出し)新旧対照表 | |
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改正法 | 旧法 |
改正民法第110条(権限外の行為の表見代理) 前条第1項本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。 | 旧民法第110条(権限外の行為の表見代理) 前条本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。 |
本条は、平成29年改正民法(2020年4月1日施行)により、以上のように改正されました。
改正情報
前条=旧民法第109条が1項のみであったところ、改正第109条において第2項が新設されたことから、本条では、準用する規定を第109条第1項とするよう改められました。
契約実務における注意点
越権行為をおこなう代理人を選んではいけない
本条は、表見代理人の取引の相手方を保護する趣旨から規定されています。
このため、表見代理人を選任した本人は、必ずしも保護されません。
特に、すでに述べたとおり、本条が適用される要件としては、本人に過失があることは要求されません。
つまり、本人に過失がない場合であっても、本条は適用されます。
このような事情があるため、越権行為をおこなような者を選ばないように、代理人の選任は特に慎重におこなわなければなりません。
代理人との契約では常に委任状を確認するべき
他方、表見代理人が相手方となる契約の場合、本人からの代理権が示されたときは、本条により、安心できる条文といえます。
しかしながら、たとえ本人からの代理権が示された場合であっても、委任状でしっかりと代理権の確認をしておく必要があります。
また、次のとおり、過去の判例では、表見代理人の相手方が本人に対して代理権について確認をするべきであるという判示もあります。
表見代理人の代理権について本人に確認するべきとした判例
- 最高裁判決昭和37年3月17日
- 最高裁判決昭和42年11月30日
- 最高裁判決昭和51年6月25日
注意すべき契約書
- 代理人との委任契約書
- 委任状