民法第112条第1項(代理権消滅後の表見代理等)の条文
第112条(代理権消滅後の表見代理等)
1 他人に代理権を与えた者は、代理権の消滅後にその代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、代理権の消滅の事実を知らなかった第三者に対してその責任を負う。ただし、第三者が過失によってその事実を知らなかったときは、この限りでない。
2 他人に代理権を与えた者は、代理権の消滅後に、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間で行為をしたとすれば前項の規定によりその責任を負うべき場合において、その他人が第三者との間でその代理権の範囲外の行為をしたときは、第三者がその行為についてその他人の代理権があると信ずべき正当な理由があるときに限り、その行為についての責任を負う。
民法第112条第1項(代理権消滅後の表見代理)の解説
趣旨
本項は、表見代理のうち、代理権の消滅後に表見代理人による代理権の範囲内の行為があったときにおける、本人の責任について規定しています。
他人(=表見代理人)に代理権を与えた者、つまり本人は、代理権の消滅後に、その代理権の範囲内において、表見代理人が代理権の消滅の事実を知らなかった第三者との間でおこなった行為について、責任を負わなくてはなりません。
ただし、第三者が過失によって代理権の消滅の事実を知らなかったときは、本人は、その第三者に対して、代理権の消滅を主張できます。
本項本項のような表見代理を「代理権消滅後の表見代理」といいます。
代理権消滅後の表見代理の要件・効果
代理権消滅後の表見代理の要件
代理権消滅後の表見代理の要件は、次のとおりです。
代理権消滅後の表見代理の要件
- 本人が「他人に代理権を与えた」こと(代理権授与)。
- 代理権が消滅したこと(代理権の消滅)。
- 「代理権の範囲内においてその他人が第三者との間で」行為をしたこと(表見代理行為)。
- 「第三者が、代理権の消滅の事実を知らなかった」こと(善意)。
- 知らなかったことにつき第三者に過失が無いこと(無過失)。
代理権消滅後の表見代理の効果
代理権消滅後の表見代理の効果は、本人が、第三者に対して、表見代理人による行為が無権代理行為であることを主張できなくなります。
民法第112条第1項(代理権消滅後の表見代理)の補足
「責任を負う」とは
本項において、「責任を負う」とは、善意の第三者に対して、表見代理人の行為が代理権の消滅した無権代理であるという主張ができない、ということです。
この場合、表見代理人がおこなった行為は、本人にその効果が帰属します。
これは、単に義務だけが帰属するのではなく、権利も帰属します。
なお、当然ながら、表見代理人に対しては、責任の追求ができます。
第三者には善意・無過失が要求される
第三者については、善意・無過失が要求されます。
ただし、権限外の行為の表見代理(権限踰越の表見代理、第110条参照)のように、「正当な理由」までは要求されません。
また、過去=代理権が消滅する前に第三者と代理人との間で取引がない場合であっても、本項は適用されます(最高裁判決昭和44年7月25日)。
法人は登記後でなかれば支配人の代理権の消滅を主張できない
会社法の第908条により、支配人の代理権(会社法第11条)については、登記の問題があります。
すなわち、支配人の代理権の消滅は、登記の後でなければ、善意の第三者にその消滅を主張することができません(会社法第11条第1項前段)。
逆に、支配人の代理権の消滅について登記があった後は、正当な理由がない善意の第三者に対しては、その消滅を主張することができます。
なお、会社の代表取締役(最高裁判決昭和49年3月22日)や社会福祉法人の理事(最高裁判決平成6年4月19日)についても同様です。
判例
任意代理のみならず法定代理も対象
本項の「代理権の消滅」には、法定代理の代理権も含みます(大審院判決昭和2年12月24日)。
このため、本項は法定代理にも適用されます。
あくまで過去に存在した代理権が対象
本項は、いったん存在した代理権が消滅した場合の規定です。
このため、初めから代理権が存在しなかった場合はには適用されません(大審院判決大正7年6月13日)。
用語の定義
善意とは?
法定代理人とは?
改正情報等
新旧対照表
民法第112条(代理権消滅後の表見代理等)新旧対照表 | |
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改正法 | 旧法 |
改正民法第112条(代理権消滅後の表見代理等) 1 他人に代理権を与えた者は、代理権の消滅後にその代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、代理権の消滅の事実を知らなかった第三者に対してその責任を負う。ただし、第三者が過失によってその事実を知らなかったときは、この限りでない。 2 他人に代理権を与えた者は、代理権の消滅後に、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間で行為をしたとすれば前項の規定によりその責任を負うべき場合において、その他人が第三者との間でその代理権の範囲外の行為をしたときは、第三者がその行為についてその他人の代理権があると信ずべき正当な理由があるときに限り、その行為についての責任を負う。 | 旧民法第112条(代理権消滅後の表見代理) 代理権の消滅は、善意の第三者に対抗することができない。ただし、第三者が過失によってその事実を知らなかったときは、この限りでない。 (新設) |
本条は、平成29年改正民法(2020年4月1日施行)により、以上のように改正されました。
改正情報
旧民法第112条では、単に「善意」としか規定がありませんでした。
この場合、「(過去の代理権の有無を問わず)代理行為の時点における代理権」か「過去にあった代理権が消滅したこと」のいずれに関する善意であるのかが不明でした。
このため、この改正により、後者の「過去にあった代理権が消滅したこと」であることを「代理権の消滅の事実」と記載することで、明確にしました。
この他、第2項との関係や、他の条文(第109条第1項等)との平仄を合わせるためか、全体的に同様の表現に改められています。
契約実務における注意点
委任状には代理権の消滅事由を明記する
契約実務上は、代理人に代理権を付与して委任する(本人の)立場になった場合、代理権の消滅事由や有効期間を委任状にしっかりと明記します。
つまり、相手方に対し、代理権が消滅する事由や期日を周知徹底させることが重要となります。
こうすることで、本項のような、代理権消滅後の表見代理を防止できます。
また、実際に代理権が消滅した場合において、代理人が代理権を悪用するような可能性があるときは、相手方に対して、書面などで代理権消滅の旨を通知しておくべきです。
会社の従業員による表見代理にも注意が必要
なお、すでに述べたとおり、会社の支配人や代表取締役の代理権については、その消滅後(支配人や代表取締役の退任後など)に直ちに登記することにより、これらの者による代理権の悪用を防止することができます。
しかしながら、会社法上の登記事項となっていない従業員などの退任については、本項が適用されてくる可能性があります。
このような事態を防ぐために、対外的な引継ぎ作業(取引先への連絡など)は、遺漏なくおこなうべきです。
また、名刺・社員証・社章など、社員としての資格(=代理権)を証明するようなものは、返還させなければなりません。
このため、引継ぎや物品の返還に関する義務も、就業規則や社内規程に記載しておくべきです。
注意すべき契約書
- 代理人、代表取締役、支配人、理事などとの委任契約書
- 委任状
- 就業規則
- 社内規定
- 従業員との誓約書
- 従業員との宣誓書