民法第121条の2第3項(原状回復の義務)の条文
民法第121条の2(原状回復の義務)
1 無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う。
2 前項の規定にかかわらず、無効な無償行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、給付を受けた当時その行為が無効であること(給付を受けた後に前条の規定により初めから無効であったものとみなされた行為にあっては、給付を受けた当時その行為が取り消すことができるものであること)を知らなかったときは、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。
3 第1項の規定にかかわらず、行為の時に意思能力を有しなかった者は、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。行為の時に制限行為能力者であった者についても、同様とする。
民法第121条の2第3項(原状回復の義務)の解説
趣旨
本項は、意思無能力者・制限行為能力者に関する原状回復義務の例外に関する規定です。
民法第121条第1項により、行為にもとづく債務の給付があった場合は、その給付を受けた者には、原則として原状回復義務が課されます。
しかしながら、意思無能力者や制限行為能力者(第20条第1項参照)については、例外として、原状回復義務ではなく、その給付のうち、現に利益を受けている限度において、返還の義務を負います。
本項は、意思無能力者や制限行為能力者の責任を軽減するために規定されたものです。
現に利益を受けている限度とは?
本項にいう「現に利益を受けている限度」とは、民法第703条の「利益の存する限度」と同様であり、これらを「現存利益」といいます。
【意味・定義】現存利益とは?
現存利益は、「現に利益を受けている限度」(民法第121条の2第2項)や「利益の存する限度」(民法第703条)の略称であり、利益がそのままで、または(特に金銭として)形を変えて残存する限りのことをいう。
本条では、意思無能力者・制限行為能力者を保護するため、行為の取消しをおこなった意思無能力者・制限行為能力者に限り、現存する利益だけを返還すればよいことになっています。
このため、処分してしまい、すっかり使ってしまったものに関しては、返還する義務はありません。
なお、生活費として金銭などを使った場合は、原則として、現存利益として残っているものと考えられています(大審院判決大正5年6月10日、大審院判決7月10日26日など)。
これに対し、ギャンブルで浪費した利益は現存しないものとされます(最高裁判決昭和50年6月27日)。
この点について、意思無能力者・制限行為能力者以外の取消しをおこなった者は、すべての利益、つまり不当利得(第703条・第704条参照)を返還しなければなりません。
用語の定義
意思能力とは?
制限行為能力者とは?
【意味・定義】制限行為能力者とは?
制限行為能力者とは、行為能力が制限される「(未成年者、成年被後見人、被保佐人及び第17条第1項の審判を受けた被補助人」(第13条第1項第10号)をいう。
改正情報等
新旧対照表
民法第121条の2(原状回復の義務)新旧対照表 | |
---|---|
改正法 | 旧法 |
改正民法第121条の2(原状回復の義務) 1 無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う。 2 前項の規定にかかわらず、無効な無償行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、給付を受けた当時その行為が無効であること(給付を受けた後に前条の規定により初めから無効であったものとみなされた行為にあっては、給付を受けた当時その行為が取り消すことができるものであること)を知らなかったときは、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。 3 第1項の規定にかかわらず、行為の時に意思能力を有しなかった者は、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。行為の時に制限行為能力者であった者についても、同様とする。 | 旧民法第121条の2(原状回復の義務) (新設) |
本条は、平成29年改正民法(2020年4月1日施行)により、以上のように改正されました。
改正情報
本項は、旧民法第121条ただし書きの内容について表現を改め、意思能力について民法第3条の2を新設したことに伴い、意思無能力者について追記したものです。
契約実務における注意点
本条は、意思無能力者・制限行為能力者との契約の際に、ある意味では最も高いリスクとなる規定です。
つまり、意思無能力者・制限行為能力者と契約を結んだ後に、その意思無能力者・制限行為能力者が契約を取消す前にその契約によって発生した利益を浪費されてしまった場合は、本項にもとづき返還を請求したところで、返すものが無い、という状況になることがあります。
このような場合、本項により、その意思無能力者・制限行為能力者は、現存利益のみを返還すればいいことになっています。
例えば、上記の判例のように、ギャンブルに使われてしまった場合は、不当利得が返還されない可能性もあります。
例えば、ある人が、未成年者と金銭消費貸借契約(=いわゆる借金の契約)を結び、その未成年者に100万円を貸したとします。
その後、その未成年者が、借りた金のうち90万円をギャンブルで使ってしまい、さらにその後に、その金銭消費貸借契約が取り消した場合は、現存利益が10万円と判断されます。
この事例では、未成年者は、10万円しか返さなくてもいいということになります。
当然、貸し手は、90万円を丸損することになり、救済されることはありません。
これほどのリスクがあるのですから、未成年者を初めから契約の相手としないことも検討しなければなりません。
注意すべき契約書
- 意思無能力者・制限行為能力者が結んだ契約の契約書
- 詐欺や強迫で結んでしまった契約の契約書