民法第1条第2項(基本原則)の条文
第1条(基本原則)
1 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
3 権利の濫用は、これを許さない。
民法第1条第2項(基本原則)の解説
趣旨
信義誠実の原則は取引関係を成り立たせるための原則
本項は、民法の基本原則のうち、「信義誠実の原則」(=信義則)について規定しています。
私的な取引関係は、相互の信頼関係がないと、成り立ちません。
このため、本項では、相互に信頼ができるように、自分の権利を行使したり主張する場合や、義務を果たさなくてはいけない場合は、信義に従って誠実におこなうよう、義務づけています。
本項により、契約や取引などにおいては、他人を裏切ることなく、誠実に権利を主張し、義務を果たさなかればなりません。
信義誠実の原則は法律に規定されるまでもない当然の考え方
もっとも、信義誠実の原則は、わざわざ法律に規定されるまでもなく、当然の考え方であるといえます。
このため、信義誠実の原則は、どんな場合でも使うことができる条文だと思われがちです。
しかし、本項は、法律実務の現場では、滅多に使われることはありません。
実際は、他の法律や条文では対処できない場合のように、やむを得ない場合でしか、本項は適用されません(後述)。
信義誠実の原則の派生3原則
また、信義誠実の原則から派生した原則としては、つぎの3種類があります。
- 禁反言(エストッペル)の原則
- クリーンハンズの原則
- 事情変更の原則
禁反言(エストッペル)の原則とは、自分の言動に矛盾した態度をしてはならない、という原則です。
クリーンハンズの原則とは、自ら法を尊重し、義務を履行する者だけが、他人に対しても、法を尊重することや義務を履行るすことを要求ができる、という原則です。
事情変更の原則とは、契約を結んだ後に、その契約条件をそのまま当事者に強制することが著しく不公平になる事情が生じた場合には、その契約の解除や契約条件の変更ができる、という原則です。
信義誠実の原則は「伝家の宝刀」
信義誠実の原則は、一般的には、現行法の他の規定をそのまま解釈しても、法の本来あるべき正義を実現できない場合や、そもそも法律の規定が存在しない場合などに使われるものです。
このため、できるかぎりの手を尽くし、他の様々な規定を検討してみても、どうしても該当する規定が見つからない場合に使われています。
つまり、「信義誠実の原則」は、他に論拠がない場合に使う、いわば「伝家の宝刀」です。
ですから、よほどのことがない限り、本項は、実務の現場では、使われません。
契約実務における注意点
契約の解釈は信義誠実の原則による
信義誠実の原則は、民法上の原則ですので、あらゆる契約において影響を与える可能性があります。
特に重要な点としては、契約の趣旨の解釈の基準ともなります(最高裁判決昭和32年7月5日)。
…いわゆる信義誠実の原則は、ひろく債権法の領域に適用されるものであつて、ひとり権利の行使、義務の履行についてのみならず、当事者のした契約の趣旨を解釈するにもその基準となるべきものである…
引用元: 最高裁判決昭和32年7月5日
事情変更の原則に要注意
事情変更の原則は契約が予定どおり履行されなくなる
すでに述べたの信信義誠実の原則から派生した3つの原則のうち、契約実務で最も重要な原則は、事情変更の原則です。
事情変更の原則が認められてしまうと、当初の予定どおりに契約が履行されなくなります。
これでは、契約の安定性(=取引の安全)を著しく損なうことになります。
このため、事情変更の原則は、実際には、適用されることは滅多にありません。
事情変更の原則の4要件
一般的に、事情変更の原則が適用されるには、次の4つの要件が必要とされています。
- 契約締結の前提・基礎となっていた事情に著しい変更が生じたこと。
- その事情変更が、契約締結当時、当事者双方が予見し得なかったこと。
- 事情変更が当事者の責に帰すべからざる事由にもとづくものであること。
- 契約どおりの履行を強制することが信義則・衡平の原則に反すること。
【意味・定義】ハードシップ条項とは?
この4つの要件は、かなり厳格な要件です。
そこで、契約実務(特に国際契約)においては、著しい事情の変更があることに備えて、「ハードシップ条項」という条項を設けています。
ハードシップ条項とは、著しい事情の変更があった場合に、当事者に対して、契約条件を変更するための再交渉義務を定めた条項のこと。
ただし、ハードシップ条項は、あくまで「交渉義務」を規定したものに過ぎません。
このため、必ずしも、相手方の契約条件の変更要求に応じる義務はありません。
契約書に信義誠実の原則を書いても意味がない
なお、契約書の冒頭、特に第1条の目的条項に、「信義誠実の原則」に似たような条項(いわゆる「信義則条項」)が規定されている場合があります。
第1条(目的)
甲および乙は、相互反映の理念にもとづき、信義誠実の原則に従って、本契約を履行するものとする。
(※便宜上、表現は簡略化しています)
このような条項は、法的には、特に必要ありません。
せいぜい、契約書の格調を高める効果はある程度で、実務上(=法的に)はこれといったメリットはありません。
注意すべき契約書
- 契約書全般(長期間の契約書)
- 売買取引基本契約書
- 請負取引基本契約書
- 公共事業等の建設工事請負契約書
- ライセンス契約書
- 代理店契約書
- 販売店契約書