民法第96条第3項(詐欺又は強迫)の条文
第96条(詐欺又は強迫)
1 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
2 相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知り、又は知ることができたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
3 前2項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。
民法第96条第3項(詐欺又は強迫)の解説
趣旨
本項は、詐欺による意思表示の取消しの効果について規定しています。
前2項(第96条第1項・第96条第2項参照)の規定の詐欺による意思表示の取消し(第121条参照)は、その詐欺があったという事実を知らない第三者には主張することができません。
詐欺による意思表示の取消しと第三者の関係の具体例
詐欺による意思表示の取消しと第三者の関係の具体例としては、次のようなものが考えられます。
例えば、Aが、Bに騙されて不当に安く土地を売ってしまった場合において、Bがその土地をまったく事情を知らないC(=第三者)に転売してしまったときが考えられます。
このような場合、いくら詐欺による土地売買契約とはいえ、本項により、Aは、Cに対し、その土地売買契約の取消しを主張できません。
「善意」とは
本項における「善意」は、詐欺があったという事実を知らないことです。
これに対し、詐欺があったという事実を知っていることを「悪意」といいます。
一般的な善意=道徳的な意味の善悪の善意・悪意とは意味が異なりますので、注意を要します。
「第三者」とは
本項における第三者は、取消しの前に利害関係を有するに至った第三者に限ります(大審院民事部判決昭和17年9月30日)。
つまり、取消しの意思表示があった後に利害関係を有するに至った第三者は含まれません。
第三者による強迫は適用対象外
本項は、「詐欺による」と規定されているとおり、強迫による意思表示の取消しは適用対象外です(大審院民事部判決昭和4年2月20日)。
これは、詐欺よりも強迫された者をより強く保護しようという考え方にもとづくものです。
この点については、批判もあるようです。
用語の定義
意思表示とは?
【意味・定義】意思表示とは?
意思表示とは、「一定の法律効果の発生を欲する旨の意思の表明」(法務省民事局『民法(債権関係)の改正に関する説明資料-主な改正事項-』p.35)をいう。
取消しとは?
対抗することが出来ないとは?
【意味・定義】対抗することができないとは?
対抗することができないとは、何らかの法的な効果について、(主に第三者に対して)主張できないことをいう。
改正情報等
新旧対照表
民法第96条(詐欺又は強迫)新旧対照表 | |
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改正法 | 旧法 |
改正民法第96条(詐欺又は強迫) 1(略) 2 相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知り、又は知ることができたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。 3 前2項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。 | 旧民法第96条(詐欺又は強迫) 1(同左) 2 相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知っていたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。 3 前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない。 |
本条は、平成29年改正民法(2020年4月1日施行)により、以上のように改正されました。
改正情報
旧民法第96条第3項では、「善意の第三者」が保護対象でしたが、この改正により、「善意でかつ過失がない第三者」となり、無過失の要件も追加されました。
これは、通謀虚偽表示における第三者保護(民法第94条第2項)とのバランスを考慮した改正とされています。
通謀虚偽表示の場合、表意者が自ら積極的に虚偽表示をしている加害者であるため、第三者は善意しか要求されません。
これに対し、詐欺の場合、表意者は詐欺の被害者であって、通謀虚偽表示の表意者よりも保護される必要があります。
この点から、旧民法第96条第3項では保護を受ける第三者の要件が「善意」のみであり、通謀虚偽表示の第三者と同じであったところ、バランスを考慮して、この改正で、無過失も要件に加えて、「善意無過失」としました。
契約実務における注意点
第三者詐欺では最も保護されるのは事情を知らない契約の相手方
本項は、詐欺によって騙されて契約してしまった者方よりも、事情を知らない第三者を保護します。
騙された者は、契約の相手方などに騙された事実について第三者が知らない限り、契約の取消しを主張することはできません。
つまり、最も保護されるのは、事情を知らない第三者=善意の第三者ということになります。
このため、相手方などに騙されて契約を結ぶようなことはないようにしなければなりません。
もっとも、理論上は、相手方に騙された場合において、何らかの損害が発生したときは、相手方に対して、第709条等にもとづく損害賠償請求ができます。
第三者強迫では最も保護されるのは強迫された者
他方、強迫の場合は、契約の相手方によって脅されて契約してしまった者を第三者よりも保護します。
脅された者は、契約の相手方などに脅された事実について第三者が知っていない場合であっても、契約の取消しを主張することができます。
つまり、最も保護されるのは、強迫によって脅された者ということになります。
このため、たとえ相手方などから脅されて契約を結ぶことになったとしても、なお救済の余地はあります。
ただし、実務上は、相手方などから脅された事実の立証は困難ですから、なるべくこのような事態に巻き込まれいないようにするべきです。
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